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西向き極小のベランダガーデニング。 初心者ならではの失敗とチャレンジの記録です。

11月は、ほぼ実家で一人で過ごしてしまいました。

あれからずっと入院中の母は、精神が不安定になることが増え、時折「監禁されている!助けて!」的な電話を掛けてきたりします。
不思議なもので、気持ちが安定しているときは携帯電話の掛け方がわからなくて、不安定なときはサクッと掛けられるようです。
何だろうね。精神状態で使う脳の部位が変わるのかな。
昔で言ったら「まだらボケ」という状態なのだろうけど、不安な状況下にある今は、敢えて認知機能の問題を決めつけるのはやめておこうと思っています。

珍しく庭の紅葉がきれいだが、落ち葉掃除ががが…

ただ今後を考えて、介護認定の見直しはお願いしました。
コロナ禍だけど病室に出向いて、看護士さんが立ち会いで認定作業をしてくれるんですって。良かった。
ヘルパーとデイケアは一旦契約解除して、介護度の変更に併せて改めてサービスを選ぶことにしました。

12月中に退院になるだろうけれど、どういう状態で退院になるのかが分からないので、その他の家の中の準備は得にしていません。

だって。聞いたところによると、ベッドから立ち上がるのも介助が必要な状態だそうですよ。

病院側は「今まで通りに暮らせるよう、リハビリはきっちりやります」と言ってくれていますが、
今はまだおしっこを出すための尿管ドレンも入ってますし、もちろんオムツですし、車椅子ですし。
どう想像したって、退院時の予測なんかできませんわ。
「想定の範囲内」だって、どんだけ広く範囲を想定しとけばいいのよ?!って感じだもの。

もしかしたら、そのまま併設されてる老健に入所しリハビリすることも想定しての介護認定見直しです。
そのあたりはケアマネさんがしっかり先導してくれているので安心です。

そんな中、22日は郡山の義母の納骨祭でした。
母が退院してからはそうそう帰省もできないだろうから、日帰りで行ってきました。

お墓の区画は以前から義父が用意していたらしいのですが、今回初めて訪れました。
ドラマのロケで使われそうなぐらい景色の素晴らしいところで、宗教不問の墓地なので、色んなスタイルのお墓があります。
神葬祭のお墓は「奥都城(おくつき)」というんですって。「XX家之墓」ではなくて「XX家奥都城」と刻まれていました。

何とまぁ良い景色。

昨今の世界情勢の影響で、墓石もすごく値上がりしてるんですって。その中で義父、ものすごい頑張りました。

私には子がいないから、実家の墓は、私の代で墓終いする予定でいます。私の骨は、散骨してもらいたいと思っています。
お墓も仏壇も、生きている人のためにあるのだから、それは供養する人が決めれば良いことだけど、何となく、世代間のギャップというか、気持ちや考えの大きな違いに少し戸惑います。先の予測も昔のようには立たない時代に、ちゃんとお金をかけて墓を造るその気持ち。
義父の中にある信心は揺らぐことない強いものなのでしょう。

私も信心というほどのものじゃないけど、義母の神徒壇には母の育てた庭の菊を手向けてきました。
母も大好きだった義母。
どこかで気持ちが繋がってくれるといいな。

早起きして庭の菊で作ったブーケを供花に。

その後、先週はBlack Fridayに乗っかって仕事用のPCモニタを買ったりしまして、何不自由なく実家時間を過ごしておりますが、いかんせん、

飽たよ。

しかも何もやる気が起きないのよねぇ…、
ミシンも運んできたんだけど、一度も使ってない。

折角、一人なんだから、好き放題やればいいのにね。
何なら朝風呂にでも入ってビールでも飲んで、鼻歌唄いながらワンピースでも縫えばいいじゃない。

でもどうにも気力が沸かないのです。

先のことは考えないようにしているつもりだけど、やっぱり憂鬱になっているのかもしれません。
気楽で明るい未来が見えてこないことが、ボディーブローのようにじわじわ効いてきている感じ。

Mac Miniにデカいモニタ。ネットも速いんですが。

仕事だけを淡々とこなして11月が終わってしまったので、
これじゃいかん、12月は大事に過ごそう。
予定通りに行かないことは予測できるけど、やりたいことを書き出してみよう。
テンションが上がる何か、自分の機嫌が良くなる何かを、一日も早く見つけたいと思います。

Posted on 11月 30, 2022 at 2:40 pm by Naomi / 4 Comments

看病歴は、こう見えて長いです。

父が最初に脳梗塞で入院したのは2012年でした。その時は生命の危機にさらされていた訳ではなかったので、気楽ではあったものの、車がないとアクセスの悪い病院だったから、着替えを持っていくにも一苦労でした。

入院先からの帰り道3.5kmは歩いてます。

その後、2019年に父は肺ガン発覚で入院。その頃から父の抗がん剤治療の付き添い、母の加齢黄斑変性の眼球注射の付き添いと、親の通院の付き添い時間を合算したらどんなことになるのかというぐらい、病院の待合室や病室にいました。

本人たちはやれ検査だ点滴だと忙しいけれど、私はただ、ひたすら座って待つだけ。3時間も4時間も。
ただただ待つだけ、という時間の過ごし方って、東京じゃあまりしてこなかったよ。

母が入院してからは待合室からは開放されましたが、やれ病院からの呼び出しだ、やれ市役所に出向いて手続きだの、何かと毎日時間をとられています。退院してからはきっと怒濤の介護だろうし、入院している今のうちにのんびりと…と思うのだけれど、なかなか難しい。

いや、忙しいのはそんなに悪いことではないです。気が紛れるので、むしろ歓迎したいぐらい。
私の仕事の方もそれなりに忙しくて有り難いのだけれど、でもふと考える時間が出来た隙に、ものすごい恐怖が襲ってきたりします。

先週まではそれこそ容体も不安定だったら、病院からの電話にびくびくしながら毎日を送っていたけれど、今一番の恐怖は、日に日に母の認知機能が落ちていってること。

入院中の病院は療養型の病院なので融通が利き、あまりにも気落ちしている母に、週に一度、短い面会時間を作ってくれています。
それ以外にも、看護士さんが携帯電話を掛ける手伝いをしてくれるので、3日に一度ぐらいは声も聞いています。

心不全の方は少しずつ改善しているようなのですが、どうも段々と話し方がふにゃふにゃになってきているんです。
覇気がないというか。ゼーゼー苦しそうなときの方がまだ生命力があった気がします。
色々あってショックだったろうし、少し鬱になっちゃったのか、それとも認知症が進んだのか…。

嫌だなぁ。

体力が戻ってきたらきっと気力も戻るかも、と期待はしているのですが…。
どうなんだろう。いわゆる廃用症候群ってやつなのか。高齢者が廃用症候群になると、もう元の暮らしは出来ないというし、そうなったらどうしよう。のんびり考えている時間はなさそうな予感がします。

高齢者の筋肉は、入院時間とともに凄いスピードで落ちていく。高齢者じゃなくたって、寝たきりならそれりに筋肉量は減ってしまうんだもの、歩けなくなっても不思議じゃありません。体の不自由が出ると一気に認知症は進んでしまうことが多いですし、考えると胃が痛いです。

今年は暖かいからか、早めに咲いちゃった変わり菊。

実は私の妹が同居していた義母は、大腿骨骨折&肺炎での入院からそのまま特養に入居しました。
ところが思いの外リハビリが上手くいってしまってあっという間に元気になってしまい、このままだと特養を追い出されそう、という悩みを抱えています。
(介護認定が低いと、特別養護老人ホームは受け入れてもらえませんのでね)

元気なら良いじゃない!と、介護の世界から遠いひとは思うだろうけど、実際には家族にしてみたら大問題。共働きだから、もし帰されてしまうと、どちらかが仕事を辞めなければならなくなってしまいます。考えると胃が痛いそうです。

いろんな悩みが、あるもんだよね。

今日は、母の入院が長くなるかもしれないので、市役所に出向いて「後期高齢者医療限度額適用認定証」というのをもらってきました。これで入院費と食事代がかなりお安くなります。これから先何年生きるか分からないけど、どんどんお金がかかるようになっていくだろうから、少しでも出費を抑えられるようにしようという魂胆です。

駅の近くではなくて国道近くにある市役所。なぜだ…

その市役所が遠かった…。バスと電車を乗り継いで、最寄り駅から17分も歩くんですよ。私は歩くのは苦にならないけど、ご高齢のかたとかどうしてるんだろう?
委任状までしっかり用意して一発で認定してもらえたので良かったけれど、不具合があって出直しだったら心が折れていたかもしれない。行って帰って半日仕事になってしまうので、東京のように気軽に「ダメならまた行けばいいや」は出来ませんな。しっかり調べて効率良く動かないといかん。

郵便局も遠いんですよ。ウチから自転車でも15分はかかるの。現金書留を送りに行って印鑑忘れたときは死ぬかと思った…(サインでも大丈夫でしたけど)

田舎時間は何かと豪快に過ぎてゆく。無駄に過ぎてゆく。
でも親の老化スピードはアクセル全超特急。
いろんな時計が混在したこのペースに慣れるまでは、まだ時間がかかりそうですけど、
私にはあまり、のんびり構えているような時間は無いのだろうな。

母が開花を楽しみにしていたスプレーマム。咲いちゃったよー。

Posted on 11月 14, 2022 at 4:52 pm by Naomi / 4 Comments

母が緊急入院しました。

心不全です。
心臓が悪いのはもうずっと前からなので、強心剤や利尿剤などの薬をたくさん飲んでおりましたが、先週一週間であれよあれよと悪化して、週末からかかりつけの療養型病院に入院となりました。

このところ不整脈が頻発してるし、すぐ息が上がっている様子だったので、正確に計れる上腕式の血圧計やパスルオキシメーターをAmazonで購入。血圧も乱高下してゼーゼーと喘息のような呼吸音が少し聞こえ、とてつもなく不穏だったので、かかりつけ病院に受診に行きました。

最近は母のものばっか買ってるAmazon。がっかりだ。

でもね、田舎の小さな病院だから、外来はほとんどが日替わりの非常勤の先生なんです。
2年前にやはり心不全で入院したときの担当医はもうすでに退職していて、その後は別の先生に引き継いでもらうも、週に2日しか外来日のない先生なんです。

そんな状態で他の初診の先生だと尚更に、これまでのいきさつも良く分かって もらえない。

懸命に経緯を説明したけれど、喘息の吸入薬を出されて「これで様子を見て、担当医が来る土曜日に診てもらってね」と帰されてしまいました。
それが火曜日。

ところが母の苦しさは一向に変わらず、翌日水曜の夜中に突然「トイレに行こうとしたら右手が動かない!」と大騒ぎ。

これは不整脈からくる脳梗塞かも!?と救急車を要請。
救急車が来る間に血中酸素濃度を測ってみると、89%とか88%とか。苦しそう。血圧も160を超えて高い。

救急隊員の皆さんはとても丁寧に母の状態を診てくれて、心不全の心配もあるけれど、やはり脳梗塞への対応が今は重要と判断。酸素吸入の手当てもしつつ、夜中の1時に千葉の田舎町で脳梗塞の対応病院を探してくださる。けれど近隣の救急病院は脳外科の先生がどこも何故か今日に限って不在。仕方なく少し離れた巨大病院まで搬送されてMRI検査を受けました。

夜中の救急ロビーは怖い。コロナが落ち着いてて良かったけど。

ところがね。
「MRIで診たところ脳梗塞ではありませんねぇー。うーん、右手のマヒは心臓から来てるのかな?それとも脊柱管狭窄症からかな?僕は脳以外は分からないので、一旦帰ってかかりつけ医に診てもらってください。」と、びっくりするようなロークオリティーな診断結果に素人も腰砕け。
ええー??それだけ?こんなに苦しそうなのに?帰すの?

憤慨しながら仕方なくタクシーで帰り、少し睡眠をとらせてから改めてかかりつけ病院に。木曜はこれまた担当医不在の曜日だけど仕方ない。
昨夜すでに救急隊から病院に連絡があったようで、窓口に顔を見せるなり、すぐに診察に回してもらえました。

かなりの浮腫があって、兎にも角にも水分を何とか抜かないと心臓への負担が大きいとの事で、点滴で利尿剤を投与してもらう。
おしっこは少し出たけど、苦しそうだしこのまま入院かな?と思いきや、またまた一旦帰宅。

安静にしてたけれど翌朝にはさらに浮腫みが酷くなり、ドン引きするほど顔もぱんぱん。
これはもうあかん!素人にはどうにもできん!と、またまた担当医不在の金曜日だけど受診。

見かねた看護士さんたちが「先生、これはもう即、入院案件だと思う。この患者さんとは長いつきあいだけど、こんなに辛そうなところは見たことがないよ!」と推してくれて、そのまま入院となりました。

良かった。
また帰されたりしたらもうどうしようかと思った。
酸素ボンベとかAmazonで買うのかと思ったよ。
急きょ自分が24時間対応のナースにならなければいけないのかと思ったよ。

結局のところ、右手のマヒは一時的な脳梗塞だった可能性が高いと後から説明を受けました。血液サラサラの薬も飲んでいるので血栓は移動してしまい、脳細胞への影響は無かったんじゃないかとの事でした。これは暫くすれば元に戻るでしょう、とのこと。

心不全ついては、高齢者の場合は血中酸素濃度が低い人って結構多いらしく、常に低い状態に慣れてしまうと苦しく無いんですって。ゼーゼー息していても、本人も「そんなには苦しくない」とか曖昧な受け答えをしてるから、「良くある話じゃん」的な先送りがされてしまっていたようです。

でも!ですよ。家族が「これはまずいんじゃないか」って言ってるのに、判を押したように「担当医師じゃなくて良く分からないので後日、また。」とかアホか。いくら何でも温すぎやしませんか。

ありがとう救急隊員さん。
ありがとう看護師の皆さん。
皆さんがいてくれなかったら、きっと母はもっと重篤な状態になっていたと思います。

入院後に肺浮腫もわかり、母の容体の情報も引き継がれて、今は主治医がきちんと管理してくれるようになりました。
入院が先延ばしになってしまって申し訳なかったと、お電話もいただきました。
足腰の痛みのためにトイレに頻繁には行けないから、利尿剤の点滴を入れつつ尿道カテーテルでおしっこを出す、という本人曰く「人生で一番辛い」時間を過ごしておるようです。考えただけでも痛い…。

いつも「痛いよ痛いよ死にたいよ」って言ってたけど、いざとなるとやっぱり「死にたくない!天国のお父さん!助けて!」って言ってた。
私はしっかり聞きました。

痛いし苦しいし、コロナ禍で面会も出来ないし、
86歳の婆さんにはとっても酷だけど、頑張れ。まだ生きたいだけ生きて良いよ。

良いお天気なのになぁ。

つまり、何が言いたいかと申しますと、
高齢者との暮らしは、予定なんぞ何の役にも立たない、という事です。

結局、引っ越し前にして私は、もう東京には帰れそうもありません。

あー。さようなら、東京…。

Posted on 11月 1, 2022 at 4:57 pm by Naomi / 4 Comments