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西向き極小のベランダガーデニング。 初心者ならではの失敗とチャレンジの記録です。

生命力

先月、風薫る心地よい季節に、郡山の義母が旅立ちました。

両家の親たちの中で一番若かったから、まさに青天の霹靂でした。
本人も「順番で言ったら、私はまだまだ先だものw」なんて悪戯っぽく笑っていたから、きっととても不本意だったと思います。

実家の母と同い年、85歳の義父が一人暮らしになったのも心配ですが、思いもよらぬ出来事に、その実家の母がとても不安定になってしました。
脊柱管狭窄症の痛みもあって、そりゃまぁ酷い状態がここ1ヶ月、続いていました。

実家の庭です。相変わらず週の半分はここ。

老母にしてみれば、動けなくなった体と、週の半分は一人暮らしであるという不安と、痛みや辛さをを訴えれば訴えるほど不機嫌になっていく娘に対する不審が波のように押し寄せていて、自分でもどうにもならないのでしょう。

だけど「痛いよ痛いよ死にたいよ」と訴えられてもどうにもできずに、私もメンタルがだいぶ痛んでしまいました。
義母はもっと生きたかったろうに。それなのにだ。軽々しく「死にたい」という目の前の痛いよ痛いよ死にたいよ婆さんに腹が立って仕方がない。

老人性の鬱なのか?認知症か?これはもうどうしたら良いか分からないと悩んでいたのですが、妹に助けを求めたところ、
「うちの義母はねぇー、“痛いよ痛いよ死にたいよ歴” 20年だよ。大丈夫、放っておいても死なないよ。真正面から向き合ったりしないで、自分の健康を第一に考えて。」とズバッと明瞭なアドバイスをもらいました。

どこのお宅でも同じような状況で苦しんでいたりするようで、中学生になった甥っ子にも「あれはねー承認欲求だよ。うちのおばあちゃんと一緒だよ。」と教えられてしまい苦笑。そうかそうか。「老人あるある」だよね。

義母を見送ったばかりで、私もちょっとナーバスになり過ぎていたのかもしれません。
私が何とかしなくてはと焦っていたけれど、何とかできる訳がないや。プロじゃないもんね。

ただまだ、実家に帰る日は吐き気がしたり眠れなかったりもしてるので、東京ではできるだけ楽しくリフレッシュできるように自分を甘やかしていこうと思います。

ちょっと葉が多いかも?栄養過多かなぁ…

こっちも今、甘やかしている真っ最中。
ベランダトマトです。っていうか、今年はトマトしかベランダにありません。

冬に播種はしたものの、ろくに世話もできず、寒かった今年は紫色でひ弱な苗になってしまったのですが、4月23日からペットボトル栽培を始めました。

4/23、水耕化。前代未聞のダメ苗でした。

写真でお分かりのとおり、見たこともないようなヒョロヒョロで色の悪い徒長苗でございました。

どうしよう、今年はこれは諦めて、ホームセンターに苗を買いに行こうかな…と考えていた頃に飛び込んできた義母の訃報。
5月の半ばの義母の葬儀の後、東京を留守にする日が多くなることを見越して、慌ててベランダを掃除してネットを貼り、5月の終わりにやっと定植しました。弱々しかった苗もこの頃にはかなり大きくなってきてます。
週の半分を留守にする私に代わって、水やりをしてくれていたダンナにも感謝。ありがとね。

6/3「Mr.浅野のけっさく」開花。まだ茎が紫です。

実は5月の終わりにも叔母の訃報があってさらに気持ちが沈んでいたのですが、このトマトたちに、ベランダに自分の育てた緑があると良いな癒されるな、と改めて思わされました。

そもそもベランダ水耕を始めた13年前も私、ストレス溜め込んで慢性蕁麻疹だったりして、癒しを求めて野菜植えてたんだっけ。

多分私は、緑の景色に癒されるのではなくて、生命力に癒やされているのだと思います。
自分で播いた種が芽を出し、花を咲かせ実をつけるという時間の経過が好きなようです。
そして上手く生かすために、工夫をするのも好き。水耕栽培はそんな自分の趣味として、ピッタリだったんだなーと、つくづく思います。

Mr.浅野のけっさく。着果しております。

ホーム桃太郎は、1つだけ鬼花が咲きました。

サンマルツァーノも着果しました。みんな強い!

工夫が好きとは言ったけど、今年もまた水耕の道具は、相変わらず進歩のない100均グッズです。
ただし今年は欲張らずに、1バケツ1株だけの栽培にしました。留守の時間が長くなりそうですからね。
後は暑くなった頃に葉の枚数を減らして、できるだけ液肥消費を少なくさせて乗り切ろうと思います。

それとソーラーパネルを使ったエアレーションも稼働予定です。

容器は100菌のゴミ箱です。

人間も、生きるための工夫って必要だと思うし、歳をとってできなくなることが増えれば増えるほど、工夫して暮らす力が大事になってくると思っています。2年前に亡くなった父は、脳梗塞で体が不自由になったとき、いろんな工夫をして生活を継続しようとしていた。

でも今、母は嘆いてばかりで、できなくなったもう嫌だ何もかも終わらせたいと悲観して泣く。

同じ歳の取り方でも様々だと頭ではわかっているけれど、やっぱり母にもできれば前向きな考えを持ってもらいたい。
生きていくための工夫をする努力をしてほしい。
それも生命力のひとつだと思うのよ。

今週も後半は実家、そして来週は義実家で法事です。
その間、急激に暑くなりそうなのでちょいと心配ですが、私の癒しのトマトたち、しっかり留守をよろしくね。

Posted on 6月 15, 2022 at 3:52 pm by Naomi / 4 Comments

4月は園芸のハイシーズンというのに、一度もブログを更新できませんでした。
実は上旬に実家の母が脊柱管狭窄症を悪化させまして、それからずっと、看病と介護の狭間を行ったり来たり、3週間ばかり実家で過ごしております。

兎も角、腰から太腿にかけてが痛くて、痛みストレスのせいで気分も不安定。

トイレに行くのも大変で、実は紙オムツも用意しましたが、まだそこは人間らしくありたいという一心か、自らシルバーカーで室内を移動するという技を編み出し、何とか寝たきりだけは逃れることができました。
(シルバーカーに掴まっていると、自然に腰が曲がって脊柱管の狭窄が緩和されるみたいです。)

こんなのを家中押して歩いてくるので、リビングの場違いにデカい古いソファーを急遽コンパクトなものに買い替えて動線を大慌てで整備。
できるだけベットから出るように促した結果、2週間ほどで自分で着替えもできるようになり、今現在はちゃんと服を着て日中を過ごせるようになりました。良かったよ…。

家の中でもシルバーカーが必要な状態に。

母の詳細な検査の結果はそれほど酷いものではないそうです。
骨密度も予防が効いて年齢相応のまま悪化していらず、狭窄症の原因となっている背骨の湾曲も2年前と変わらずにキープできているそう。
後は生活習慣と筋力アップに今後は注力しましょう!痛みは数週間で改善しますから、と先行き明るい診断をいただきました。

悪化していたら介護認定アップの申請をしようと思ってたのになぁ。本人も「こんなに痛いのに大したことないって嘘!」と不本意なようでしたが、結局、普通の腰痛として家族のフォローとペインクリニックでの注射や点滴で、3週間たった今、かなり回復して来ました。

ただ今後は、あまり腰に負担をかけりような作業は難しいでしょうから、自ずと実家時間は増えてしまいそうな予感です。
それと高齢者特有の、何だろうか、痛みに対する耐性が極度に下がっている感じが厄介です。ものすごく不機嫌になり、食事も摂らなくなったり。

そうやって人は寝たきりになっていくんだろうな、と予想がつきます。

枯れた盆栽ばかりなので、寄せ植えを作ってみた。

さて。3週間もあったので、いくら何でも実家にいれば庭仕事ができるだろう…と思っていたのですが、天候不順とトイレに行くのも一苦労な母の腰痛に苛まれて殆どなんの作業も出来ずじまい。
特に今年は、寒暖差が激しい春だったから、育苗も思うようには進みませんでした。

桜が咲く頃も、天気が悪い日も多かったもんね。

4月2日、花見に行きました。後ろ姿は母と妹。

たまたま皆んなで集まれる日が良いお天気だったので、近所の城址公園に花見に出かけましたが、この時も少し腰が痛いって言ってたのよねー、今思えば。

我が家の穏やかな春は、4月の第1週目で終わった、というわけですね。

4月9日。去年強せんていしたモクレンは鼻が少なかった。

ここから先は、痛みのストレスで機嫌がすこぶる悪い母と、喧嘩しながらの日々。
痛いのはわかるよ、わかるけど、いくら娘だって痛みは代わってあげられないんだ。

この痛いのどうにかして!死んだ方がマシ!と八つ当たりしてくる母に、今後の不安と疲れと悲しみで押しつぶされそうになりながら、毎度食事を摂らせて医者に診せ、風呂と着替えの補助をして数日間、ガブリ四つで母と向き合いましたが、出た結論は「私には自宅介護は無理」ということです。

暑い日寒い日、育苗は絶不調…

まず、たかが10日ほどの着替え補助・お風呂補助の動作だけでもう、私も腰が痛い。
腰が痛い人が二人揃ってもどうにもならん。

それにだいたい、この家は私が上京してからできた家でだから、実家とは言っても落ち着かない。居場所がないのです。
仕事のためのパソコンだけはあるから三日ぐらいの「宿泊」なら平気ですが、それ以上の「生活」となると難しい。
そんなところで親の介護のために暮らすとか、どうにも無理。

私は老親と同居するのと介護のための同居は、本質的に違うと思っています。
もし親が冷静で、家族としてお互いを思いやって暮らせる同居なら話は別だけど、そんな状況では無いから子のサポートが必要なわけで、それが介護なわけで。

この頃、Twitterでたくさんの方に愚痴を聞いてもらって、何とか精神状態を保つことができたことを心から感謝しています。ありがとう、本当にありがとうございました。
介護の悩みは一人一人違うけれど、皆んな同じように苦しんでいるんだよね。

放置していた君子蘭が今年は絶好調。

4月の第4週に入る頃には着替えも一人でできるようになり、精神的にも落ち着いてきたようなので、妹と週末に交代してもらったり、東京の歯医者に行くことを理由に一時帰宅したりできるようになりました。

東京に帰るとホッとします。
だってー。そりゃもう人生の3分の2は東京だもん。
実家の行き来で交通費がかかっても、家賃の支払いが大変でも、何とかして東京の居場所はキープしようね、そう夫婦で話し合いました。

今のところはそれが、自分の精神安定剤だから。
そのために、仕事も健康キープも頑張ろうと思います。

あっという間に、オオデマリが満開。

ライラックも満開。良い香り。

これまでずっと「いずれここで暮らすことになるのだろう」とぼんやりと介護人生を思い描いてきたけど、そうじゃない。

自分の居場所は持っていて良い。いや、持っていた方が良い。自分を失わないためには、自分の居場所が人間には必要だと思います。
それは多分、母にとっても同じで、母の居場所を私が侵食しないことも大切。
そのバランスをうまく取ることが、老親サポートの肝かもしれません。

4月もラスト5週目には、母も自分で食器を洗ったり、簡単な料理を作ったりと、自分の暮らしを取り戻しつつあります。
まだ痛みがあるので暫くはそろりそろりと暮らすしかないけれど、母にはしっかりと自分の足で人生を全うしてほしい、そう思います。

そのための手伝いなら、いくらでもするよ。

草ボーボー。雑踏と化した千鳥草。

5月に入り、庭のあちこちに千鳥草(ラークスパー)が筍のように伸びてきてます。
今朝、背の高くなった株に支柱を刺しました。
こぼれ種で増えてもはや雑草状態ですが、美しい花が咲くまであともう少し。
こんなに天候不順だったのに逞しいです。

以上、1ヶ月間のご報告でした。

Posted on 5月 1, 2022 at 4:52 pm by Naomi / 4 Comments

東京の新型コロナの少し落ち着いてきて、そろそろ自粛終了かな?というタイミングでの戦争のニュース。
無残な映像がたくさん流れてく辛いと思ったら今度は、大きな地震。

先週の地震の時は私は東京にいて、母は実家で一人。
流石に怖くて、だれかーー助けてーーと叫んだそうです。
パートナーの福島県の実家も大きな被害は無く、安心しましたが、
今度は、地震の被害で止まってしまった火力発電所の影響での電力不足。

次から次へとよくもまぁ並んだもんです。

地震の時には凶器になる吊り戸棚。

本当は先週の地震の記事を書こうと思っていたのです。実家のガラス戸の吊り戸棚を何とかせねば、とか。
でもそうこうしているうちに昨日の電力不足非常事態がおきてしまったので、少しまじめな話をすると、
戦争にせよ災害にせよ、やっぱり日本という小さな島国は、エネルギー問題を先送りにしてはいけないんだと痛感します。

だって、ちょっとお天気が悪いだけで、こんな避難生活みたいなことしてるのって、何かおかしくない?

東日本の震災から、原発の稼働に反対する事が、果たして良い考えなのかとずっと自問自答してきましたけど、そういう考えでは何も解決しないのだと、今は分かります。

原発の是非を問うたところで、何も解決しない。
というより、解決してこなかった。
もうエネルギー問題を原発問題とイコールで結んでは、いけないのではないかな。

お彼岸を前に、梅は散ってしまった。

福島の原発は津波で大きな被害を受けたけれど、もちろん地震だって、今後わたしたちが想像できる以上のものは絶対に来ないなんて思えない。
輸入に頼る燃料は、いきなり戦争が起こるともうどうにもならない事を覚悟していなかったし、
自然エネルギーだって、お天気が悪いというだけでこんなに生活がひっ迫するというリスクを意識してこなかった。

寒さは布団を被って凌げても、これがもし40度近い気温の夏で、熱帯雨林の雨期のように雨続きで太陽光が使えなかったら、高齢者や赤ちゃんは死んでしまうかもしれない。
もちろん、電気医療機器に頼らざるを得ない人にとっては、ぼんやりした未来の話では済まされないことです。

そんなことを考えると、エネルギー問題をイデオロギーとしてではなく、もっとまじめに現実問題として議論していく世の中にならないと、日本は本当に詰むと思う。
ゼロリスクは無いのだから、それぞれの技術について、メリットとデメリットを冷静に理解すべく、自分なりに情報のアンテナをもっと広げていこう、考えの枝葉をもっと伸ばしていこうと思います。

まぁーね、私のような並以下の脳ミソしか持ち合わせていない人間は、今、出来ることを地道にしていくもの大事です。
前週は実家の一次避難持ち出しリュックを作ってきました。
地震の後だったので母も不安がっていたし、父が数年前に作った避難袋には、着替えや救急セットなどの簡単なものしか入っていなかったので、急きょ、実用的なものを揃えてみました。

良くある「大人一人分の避難袋の中身」リストを全部入れると、とてもじゃないけど、85歳の母が背負って歩けるような重さにはまとまらないので、考えに考え、本当に最低限のものだけをリストアップ。そもそも家の中には、ペットボトルやポリタンクの水、レトルト食品などはストックしているので、本当に緊急な時の持ち出し専用です。
これを使い切るまでには私が(生きていれば、だけど)駆けつけるからね、と、48時間を目安にまとめました。

85歳、母の避難袋

  • レインコート(寒い時にも使えるポンチョに買い替えよう)
  • タオル2枚と軍手(母には大きいので、小さいのを探そう)
  • 靴下と給水ナプキン(みんなの前で着替えられないというので、給水ナプキンをパンツに貼って凌ぐんだって)
  • 予備の入れ歯と歯ブラシ(下の歯しか予備がなかった💧機会があったら上の歯も作ってもらおう)
  • ふた付きコップ(入れ歯はこの中に入れました)
  • 救急セット(父が用意したもの)
  • マスクと消毒スプレー(今となっては必須です)
  • 懐中電灯と予備の電池
  • 文房具(メモ帳とペンとハサミ。避難所に行く時は、場所を書いて玄関に挟んでいってね)
  • 普段飲んでいる内服薬(二日分のパッキング)
  • ティッシュペーパー4つ、ウエットティッシュ1つ
  • ウォーターバック(父が用意したもの。ちと古いので買い替えよう)
  • 携帯トイレ2つ(100均のもの)
  • 非常食におじや(とスプーン)と飴とミニ羊羹2つ
  • 現金(1000円札5枚)
  • お薬手帳や保険証のコピー
  • 水500ml 1本

水が500mlなのは心苦しいのだけど、これ以上重いともう母は背負えないし、安全に歩いて避難することを優先しました。
非常食は、高齢者なので乾パンは無理。そこでスーパーで手に入る。キューピー「優しい介護食」のおじやにしました。賞味期限も12ヶ月だし加熱無しでOK。袋から直接食べられるようにスプーンも忘れずに。
それと飴とミニ羊羹の心安らぐ甘いものセット。どちらも賞味期限は12ヶ月だから、毎年入れ換えていけば良いね。

これらを私の使わなくなったリュックに相談しながら詰めて、玄関のコートハンガーの下へ。
このリュックは18リットルほどの小さめサイズですが、きれいにすっぽり収まりました。

リュックももっと防水で軽いものに買い替えよう。

後から思いついたのだけど、母は普段から携帯電話をあまり使わないのできっと忘れていくだろうから、誰かに電話を借りられた時のために、私の電話番号などのメモも足しておこうと思います。

今回、この避難袋をつくってみて、「何かあったらどうしよう」という不安は、こうやって目に見えるものにしていくと、その多くが解消される気がしました。

昨日の「関東は停電が起きるかもしれない」非常事態、いつもなら私は朝のうちに実家に駆けつけていたと思います。母もどうしたら良いのー?とうろたえていたかもしれない。
でも実際は、母も私も気の持ちようが全然違った。母は一人でも全くオロオロすることなく、しっかり対応できていました。
イザとなったら避難袋を使えばいい。そう思えたからじゃないかしら。
これにはびっくり。避難袋、凄い効果。

それでも植物はたんたんと育つねー。

この避難袋を使わずに済むのが一番だけれど、安心も種を播かないと育たないのかもしれない。
なんて、無理やり園芸ブログとしてのオチをつけましたが、如何でしょう。

来週はこの寒さも落ち着いて、本格的な園芸シーズンに突入しそう。
楽しみだーー!

Posted on 3月 23, 2022 at 1:09 pm by Naomi / 8 Comments